『鬼滅の刃』の興行収入がコロナ禍で2020年10月16日~18日の三日間で46億円、観客動員が342万人といずれも過去最高だったと話題になった。
かたや刀剣ブームのの一幕を担っている「刀剣女子」といわれる‟追っかけ”である。
まさに聖地巡礼の時代に突入してきた感がある。
刀の鑑賞ならぬ恋人に会いに行くという感覚のお目当ての刀に会いに行くという感覚なのだ。
筆者はなぜ刀剣ブームが起き刀剣女子が出現したかを読み解くのではなく、刀剣に纏わる刀を創る“刀工”について言及する。
奈良の奥深い東吉野村に河内国平という天才刀工がいる。彼は2014年に「正宗賞」を受賞している刀鍛冶である。
刀の名品は鎌倉・室町時代に作られたものが名刀と言われている。
その名刀と言われる現象に‟映り(うつり)”というものがあり、刀工たちは何とかこの“映り”を再現させたいと日夜トンチンカンと鉄を打っているのである。
河内刀工師もしかり500年前の幻の技術“映り”を求めて鎌倉時代の刀に思いを馳せ日夜研鑽を積んでいたのである。
ある日のこと、堺の包丁に偶然それを目にしたのである。
その技術が見つかるという時は、堺の町に偶然“映り”が出現することがあると小耳にはさみヒントになる堺に駆け込んだのである。
日頃アンテナを張っていたからこそ、その情報をつかんだのである。
河内刀工も(刀を)美しく仕上げようと思たら“映り”は出来ないという。
刀の本来の機能はよく斬れるという本来の構造(イチバン大事なもの切れ味)を見失っていたのではないが惹起させられた。原点回帰、本来持つべきものである「切れ味」を探求していたら“映り”の再現が出来てきたという。
当無傳塾も型をなぞってなぞって何回もその型をやっている中で力が要らないのだ。むしろ力を出さない方がベターであることに感覚的に気付くものである。
これが「無傳之合氣」である「力を出さない・力を伝えない・何もしない」の三つが内包されたものである。
はじめから発想の転換で発見できたものではない。
ただ、ひたすら、ひたすらの実践が真理につながると確信したのである。
『川の流れのように』、『柔』の歌詞のように「美空ひばり節」を堅持する。
無傳塾之合氣を進化させるエンジンは「ただ、ひたすら‥ただ、ひたすらに」と「ベター!ベター!もっとより良いものを」の精神が無傳塾之合氣をブラッシュアップさせてくれる。
河内名工師が言うには「職人だから仕事をすることが仕事なのだ。考えるという前に取り敢えず仕事をする」。
考えているうちは仕事ができていないことになる(無心無欲)。
ただ、ひたすらに仕事をすることが職人なのだ。
で‥そこから生まれるものが、いうなれば成果なので考えているよりも取り敢えず仕事をしなければならない。
只管打坐(しかんだざ)
筆者は以前、禅の門を叩いたことがあり、武道で言うところの初段(黒帯)に相当する道号を頂いている「神法」である。老師より“公案”というものを頂き、自分の見解を老師の前に進み出て申し述べるわけである。
世にいう禅問答というものを一対一で対峙するわけである。
それがなかなか老師がその通りだとOKを出してくれない。いつも「坐りが足りない。もう少し坐ってきなさい」と鈴をチリン(退出しなさいの合図)と喝される。
この斯界の言い伝えの言葉の中に、禅問答では「答は向こうからやってくるもの」
という。
まずは坐れ!坐ってみなはれ!!という(只管打坐)。
その上で何かがオコル(気付く、インスピレーション)ものがある。
決して頭で考えるものではない。
だから先ずは坐れ(実践)!!になる。
筆者がやっている大東流合気柔術も同じこと。
頭で考えるのではなく只管(ただ、ひたすら)稽古をしているうちにいつかきっと、ふと何かがわかってくる。
これを試行錯誤と創意工夫を重ねて、よりよい(技術)を創り出していくものである。
日本人は論理的でなくていい
ノーベル賞候補化学者の山本尚博士が日本人の国民性を分析すると、「内向型」、「感覚型」、「フィリング型」である。このタイプがノーベル賞候補の頭脳であるという。
かたや欧米人型は「外向型」、「直感型」、「思考型」となる。だから『日本人は論理的でなくていい』という著書を出している。
日本の習い事は、先ずは型・形から入っていくやり方で、それを型をとるという。理屈ではない、昔の塾では5~6歳の子供から論語を素読している。
弓だって的に当てようとして射ってはいない(正射必中)。
当無傳塾の技だって同じこと。うまく投げてやろうと思った途端に力が入り、もうその技はうちの技ではなくなる。
こうしてみると日本人はもともと刀は武器なのに目で銘出る美術品に昇華させたりしてしまう。
根っこは各分野ともに共通性があり、日本人の特性が筆者がやっている武道に向いていることを再認識させられた。
日本国の無形文化財である日出る国の武術、大和心の武術を更に向上させ、世界に冠たる大東流の合氣之術を世に広めていきたいものである。
18回演武会紙縒り合氣投げ181027(76)
紙縒りを双方摑んで其れを斬らないで投げることを想像してここでの技はせめて紙縒りを持たないが触れ即合氣で試してみた。MUDEN NO Aiki
2020年11月4日
合氣護身術大東流無傳塾 飯田宏雄
いい氣 いい出会い いい仲間づくり
Good energy Good enccounters Good relationships
合氣護身術大東流無傳塾
塾長・最高師範 飯田 宏雄